エルケアル 

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乳がん!日々転移の不安と闘っています。

      2017/03/30

日差し

はじめまして、私の乳がんのブログをお読み

頂きありがとうございます。

 

5年前、初めて乳がんと診断されてからの生活

を、少しずつ思い出しながら書いてみようと思

います。

 

記憶をたどりながらになりますので、少し

抜けている部分もあるかと思いますが、

ご了承くださいね。

 

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■受けていた乳がん検診

それまでは、乳がん対策に、毎年マンモグラ

フィーという検査を受けていました。

 

それなのに、何故「乳がん」になったのか?

 

最初は受け入れられず悩んでばかりの毎日でした。

 

現在は乳がんの治療も一通り経験し、

ひと段落ついたかなと思いたいところです。

 

しかし今度は、いつ他の臓器へ転移してしまう

のだろうとの不安を抱えての生活が始まったわけです。

 

しこりを見つけたことが始まり

私が初めて胸に違和感を感じたのは、

2011年11月の夜でした。

 

風呂上りに右胸にしこりを発見しました。

 

そのときの動揺は今でも覚えています。

 

(これは、何?)

 

とっさに悪い予感のようなものがして、

血の気が引いたように顔が寒くなりました。

 

居間でテレビを見ていた主人を大声で呼んで

みてもらいました。

 

「乳がん」の知識やしこりについて何も

知らない主人がびっくりしたように、

 

「明日、すぐに病院に行って来いよ」

 

と強く言い、その口調で初めて自分の表情も

こわばっていたことに気づきました。

 

事は重大だ。

 

直感的にそう思いました。

 

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乳腺外科を受診

翌日すぐに近くの病院を受診。

 

乳腺専門のドクターに診てもらうことが

できました。

 

その日のうちにマンモグラフィー、エコー、

細胞診(しこりのある部分に針を刺して

そこから細胞を取り、癌の細胞かどうか

調べます)と次々検査をしてもらえたから

ラッキーだったと思います。

 

今思えば、これほどの検査を一気に進めて

くださったのは、最初の触診の時点で

 

(このしこりは悪いものかもしれない)

 

との考えがドクターにはあったのかもしれません。

 

当時私は、別の病院で看護師としての職に

ついていました。

 

ですので、乳がんでかかっている病院の

ドクターにも看護師であることを告げて

検査結果は包み隠さず話して欲しいことを

伝えたのです。

 

ドクターは、

 

「確定診断はまだ出来ないが、乳がんに限り

なく近いグレーゾーンですね」

 

と答えてくださり、細胞診の結果が出るまでは

はっきりと言えないようでした。

 

検査結果を待つ

時期は年末で、九州に実家のある私と主人は、

高校生であった息子と娘と家族4人で帰省

する予定にしていました。

 

検査結果は帰省予定の日に出ることになって

いました。

 

結果だけはどうしても年内に聞きたい!

 

でも病院に行く時間は取れないので、

ドクターに無理を言って、電話で検査結果を

教えてもらうことになっていました。

 

検査結果と告知

自分の職場の昼休み。

 

年末仕事納めの日でした。

 

検査結果を聞くために電話して、ドクターが

通話口に出られるのを待つ間の長いこと、長いこと。

 

私「あの・・・結果は?」
Dr.「出ましたよ・・・」
私「それで・・・」
Dr.「・・・」
私「せんせい・・・?」
Dr.「・・・」
私「乳がんなんですね?」
Dr.「・・・はい」

 

やはり告知とはやりにくいもののようで、

重い口をやっと開いてくれたドクターでした。

 

これではまるで、ドクターの方が告知を

受けた側みたいですよね。

 

職場から帰宅して、主人に結果を話しました。

 

よく覚えていませんが、たんたんと

 

「やっぱり、がんだったみたい」

 

と告げたと思います。

 

主人は2人の子供たちを呼んで私の病気の

ことを話しました。

 

家族全員で九州へ向かうのに、楽しみなはず

の帰省旅行が、一転して重苦しい空気に

なってしまい、申し訳なかったなと思います。

 

でも一番ショックを受けていたのは主人だった

と思います。

 

高校3年の息子はただ沈黙!高校2年の娘は涙ポロポロ!

 

私はなぜだか一番平然としていました。

■乳がん確定、始まる乳がんライフ

乳がんだと確定してしまい、私の生活は

それまでとガラリと変わることになります。

 

乳がん患者の生活スタート

新年を迎えて、実家への帰省から我が家

へ戻りました。

 

病院を受診し確定診断を聞き、改めて初期

乳がんであると言われました。

 

この後更に詳しい検査をするということで、

大きな病院に胸のMRIとエコー、PET検査の

予約を入れてもらい、その結果を聞いたのは

1月後半となります。

 

その時の画像に「胸骨傍リンパ節」と「腋窩

リンパ節」への転移が認められ、初期乳がん

から一気に進行乳がんへとレベルアップ?

してしまったのです。

 

そのうえがんの種類が「トリプルネガティブ

というものでした。

 

それはネットで検索すると、乳がんの中でも

あまり予後がよくないと言われるタイプの

がんだったのです。

 

目まぐるしく変わる診断と、次々入る予定に

振り回されながら、2月始めに手術する日が

決まり、自分の働く病院にも乳がんのことを

話さざるを得なくなりました。

 

この時点で、何の医療保険にも入ってなかった

私は、これから後がん治療の高額さに泣く羽目

になるわけです。

 

入院、手術、抗がん剤治療、放射線治療、投薬、

私は家族の中で、一番の金食い虫に変身して

しまいました。

 

大切に感じたのはお金だけではなく、家族の

協力や支えもです。

 

それがなければ今の私はいなかったと思います。

 

今思う事

臓器への転移はまだないものの、癌と向き

合う治療は、底なしに明るかった性格さえ

も壊してしまいそうなくらい過酷でした。

 

でも今病気のことを振り返って記録できる

くらいに元気になりました。

 

少しでも乳がんの情報を欲しいと思われる

方や、ご家族がおありなら、わずかな力に

でもなりたいとの思いもありブログに書き

留めようとも思います。

 

「トリプルネガティブ」という型の乳がん

でも、進行乳がんでも前へ進んで行きたいな

と思っています。

 

病気の進行度は人によって様々だとは思い

ますが、今の私の今の気持ちで「乳がん」

について振り返ってみたいと思います。

 

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あなたにも知ってほしい!乳がん「トリプルネガティブ」の私が体験した治療や検査

不安や聞きたい事など何でもかまいません。コメント・メッセージください。

[記事公開日]2015/11/10
[最終更新日]2017/03/30

 - 乳がん